グローバル化した今、日本は「円高」の方が良いのではないか

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グローバル化が進んだ現在、日本企業にとっても、個人消費者にとっても、基本的には「円安より円高」の方がメリットが大きいのではないか。

円が変動相場制に移行してから約50年。1990年代初頭のバブル崩壊以降、日本経済は「失われた30年」と評されてきた。

では、日本は何を間違えたのか。

今、日本を訪れる外国人観光客は、日本の食、治安、文化、観光地などを高く評価する一方、「日本は安い」という声も少なくない。

SNSでは、「コンビニのスイーツが信じられないほど安くておいしい」といった投稿も珍しくない。

インバウンドが好調なのは、日本経済にとって間違いなくプラスだ。しかし、「日本が安い」ということを手放しで喜んでいいのだろうか。

日本の国際的な購買力が低下し、外国人から見れば「安い国」になった結果として観光客が増えているのであれば、それは必ずしも日本経済の強さを意味しない。

実際、日本の名目GDPは2010年に中国に抜かれ、2023年にはドイツにも抜かれ、世界4位となった。

中国に抜かれた時は、人口規模が日本の10倍以上ある国だけに、ある程度は納得できる面もあった。

しかし、人口が日本の約3分の2しかないドイツにまで抜かれたことを考えると、日本経済の相対的な地位が低下していることを強く感じる。

その背景の一つにあるのが「円の価値」ではないだろうか。

円の「来し方」を振り返る

円はもともと、円安も円高もない固定相場制だった。

戦後の1949年から1971年まで、1ドル=360円と固定されていた。

当時は、金との交換が保証された米ドルを基軸に、各国通貨が一定の為替レートで結び付けられていた。いわゆる「ブレトンウッズ体制」である。

しかし、その体制を終わらせたのは米国だった。

1971年8月、ニクソン米大統領は突然、ドルと金の兌換停止などを発表した。日本では「ニクソン・ショック」と呼ばれた。

ベトナム戦争による戦費の増大、日本やドイツからの輸出攻勢などを背景に、米国は財政赤字と経常赤字という「双子の赤字」を抱え、インフレや失業にも苦しんでいた。

その打開策の一つとして、米国は日本やドイツなどの黒字国に通貨の切り上げを迫った。

当時、日本では円高を「国難」と捉える空気が強かった。

輸出企業や輸出産業からは、「円高になれば輸出できなくなる」「企業が生き残れない」と悲鳴が上がった。

そんな中、冷静な見方をしていた人物もいた。

ニクソン声明の数日後、水田三喜男蔵相から説明を受けた昭和天皇が、

「円が上がるということは、日本人の働きが評価されたということで、良いことではないのか」

という趣旨の発言をされたと伝えられている。

当時は、こうした御進講の応答を外部に漏らすことはタブーとされていたため、この発言が広く知られるようになったのは後年のことだった。

1971年12月、ワシントンのスミソニアン博物館に主要10カ国の蔵相が集まり、新たな為替レートが決められた。

日本円は1ドル=308円となり、参加国の中でも最大となる16.88%の切り上げだった。

しかし、この「スミソニアン体制」も長くは続かなかった。

為替市場が投機にさらされ、1973年には主要国が相次いで、市場の需給によって為替レートが変動する「変動相場制」へ移行した。

そして、それから半世紀以上が経過した。

「失われた30年」の起点にあった円高恐怖症

1990年代初頭のバブル崩壊。

その遠因をたどれば、1980年代の「円高恐怖症」に行き着く面もある。

1985年9月、ニューヨークのプラザホテルに主要5カ国の蔵相・中央銀行総裁が集まり、米国の要請を受けて、高くなりすぎたドルを協調介入によって押し下げることが決まった。

「プラザ合意」である。

当時、1ドル=240円前後だった円は急速に上昇し、わずか数年でドルは半値近くまで下落した。

輸出企業などから「円高不況」への懸念が強まると、日本政府は大規模な景気対策を実施した。

日銀は相次いで利下げを行い、政策金利を過去最低水準の2.5%まで引き下げ、その水準を長期間維持した。

政府も公共事業を拡大した。

物価が比較的安定している一方で、大量の資金が株式や不動産市場へ流れ込み、株価と地価が急騰した。

そして1990年代初頭、バブルは崩壊した。

その後、日本は金融危機、不良債権問題、企業倒産、金融機関の淘汰など、長い後始末に追われることになる。

こうして「失われた30年」と呼ばれる長期停滞が始まった。

そして現在――「安い日本」をどう考えるか

では、2026年の現在から振り返ってみるとどうだろう。

日本では、2024年に1ドル=160円を超える水準まで円安が進み、その後も為替相場は大きく変動してきた。

円安は輸出企業や海外で稼ぐ企業にとって追い風になる一方、エネルギー、食料、原材料などの輸入価格を押し上げ、日本国内の物価上昇につながった。

海外旅行に行けば、以前とは比べものにならないほど高いホテル代や食事代、買い物の価格に驚く。

一方、日本を訪れる外国人から見れば、日本のホテル、飲食店、交通、商品は「安い」。

この状況を、私たちは本当に喜んでいいのだろうか。

円の実力を示す実質実効為替レートを見ると、長期的に円の購買力が低下していることが分かる。

「日本は安い」という言葉は、観光客にとっては魅力でも、日本人にとっては必ずしも喜ばしい言葉ではない。

「強いドルは米国の国益」なら、「強い円」は日本の国益ではないか

1990年代後半に通貨政策を主導し、「ミスター円」と呼ばれた榊原英資氏は、変動相場制50年を振り返り、

「日本が輸出主導だった時代は、円安の方が良かった。しかし、日本企業の海外進出が進み、グローバル化した現在は、円高の方が良い」

という趣旨の指摘をしている。

これは非常に重要な視点だと思う。

かつての日本企業は、日本国内で製造し、海外へ輸出して外貨を稼ぐというビジネスモデルが中心だった。

その時代には、円安は輸出企業の利益を押し上げる。

しかし現在、日本企業は世界各地に生産拠点や販売網を持ち、海外で売上や利益を上げている。

円安になれば、海外で稼いだ利益の円換算額は増える。

しかし同時に、海外から原材料、エネルギー、食料、製品などを輸入する日本企業や、日本で生活する個人にとっては負担が増える。

つまり、「円安=日本にとって良い」という単純な時代ではなくなっている。

米国のルービン元財務長官が掲げた「強いドルは米国の国益」という考え方になぞらえるなら、

「強い円こそ、日本の国益ではないのか」

という議論があってもいい。

円安は簡単には止められない

もちろん、円安を是正することは簡単ではない。

円高を抑える場合は、政府・日銀が円を売ってドルを買うことで対応できる。

一方、円安を止めるためには、ドルを売って円を買う必要がある。

外貨準備には限りがあり、為替介入だけで長期的な円安の流れを変えることには限界がある。

結局のところ、円相場を決めるのは政府の意思だけではない。

日米の金利差、両国の景気、金融政策、貿易収支、投資資金の流れ、そして日本経済そのものに対する市場の評価など、さまざまな要因が絡み合っている。

だからこそ、円安を単純に「悪」とすることもできない。

しかし、円安によって日本人の購買力が低下し、「日本は安い国」と世界から見られるようになった現状については、そろそろ真剣に考える必要があるのではないか。

自国通貨が強いことは、本当に悪いことなのか

振り返れば、日本は長い間、「円高になると輸出企業が困る」という発想に縛られてきた。

しかし、日本企業の海外進出が進み、国内の産業構造も大きく変わった今、その考え方をそのまま現在に当てはめていいのだろうか。

企業も個人もグローバル化した現在、日本に必要なのは「安い円」ではなく、「世界から価値を認められる円」なのではないか。

円高になれば、海外旅行も海外留学も、海外の商品やサービスの購入も安くなる。

企業にとっても、海外から原材料や設備を調達するコストを抑えられる。

そして何より、日本人の海外に対する購買力が戻る。

もちろん、急激な円高は輸出企業や国内の一部産業に大きな打撃を与える。

だから、単純に「円高なら何でもいい」と言うつもりはない。

それでも私は、2026年の現在から日本経済を考えるなら、

「円安で日本を安くすること」よりも、「円高になっても競争力を維持できる日本」をつくることの方が重要なのではないか

と思う。

自国通貨の下落によって一時的に企業利益や観光収入が増えることと、国民一人ひとりの購買力が高まり、世界から見て豊かな国であり続けることは、同じではない。

「安い日本」を喜ぶ時代から、

「高くても世界から選ばれる日本」へ。

それこそが、変動相場制50年を経た今、日本が目指すべき姿なのではないだろうか。

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